電脳筆写『 心超臨界 』

手本は人を教える学校であり
他からは何一つ学べない
( エドマンド・バーク )

詫びるどころか恩に着せる――湯浅博さん

2020-04-03 | 04-歴史・文化・社会
 「東京裁判史観(自虐史観)を廃して本来の日本を取り戻そう!」
    そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する。
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《 いま注目の論点 》
隠蔽された李首相の「警告」――石平さん
中国の「世論操作」世界に拡散――黒瀬悦成さん
香港長官は「ワニの涙」か――藤本欣也さん
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詫びるどころか恩に着せる――湯浅博・東京特派員
【「湯浅博の世界読解」産経新聞 R02(2020).04.03 】

ここに掲載した「Wuhan virus」という英文記事の書き出しを見ていただきたい。1月22日付で新華社のサイトが伝えた記事は、湖北省武漢市で開催予定だった女子サッカーの五輪予選会場が「武漢ウイルス」流行のため南京に移されるとの報道だった。

何のことはない、中国指導部が「武漢ウイルス」と聞いて逆上するこの俗称を、当の国営通信社が使っていたのだ。しかも、堂々と見出しに掲げていたから、社の幹部には厳しいおとがめが下されたかと思うが、そんな話は聞かない。

この時点では、まさか直径1万分の1ミリ程度のウイルスが、わずか数週間で地球全体を覆うことになるとは思わなかったのか。

その後も共産党の機関紙、人民日報系の環球時報が、複数回にわたってこの俗称をつかっていたところをみると、中国共産党でさえ違和感がなかったものと推察する。正式名称の「COVID-19」より、既存のウイルスと同様に地名を入れた方がずっと分かりやすいからである。

新華社がこのニュースを流した1月22日は、習近平国家主席が表立って「ウイルス制圧」を指示して2日後のことだ。それが、いまになって、中国当局が「武漢ウイルス」と聞いて怒りのポーズをとるのは、北京が政策を大転換したからに他ならない。自己都合の豹変は(ひょうへん)は兵家の常である。

◆不都合な真実隠蔽

中国共産党はこれまで、ウイルスの発生を数週間以上も隠し、真実を語った医師を黙らせ、記者を投獄し、科学調査を妨害してきた。その結果、中国人民と世界の人々の健康を害し、多くを死に至らしめ、経済社会を大混乱の中に陥れた責任は免れない。

不都合な真実を隠そうとするのは、全体主義の本性なのだ。いらだちの矛先はまずメディアに向かった。米3紙の記者追放は、武漢ウイルスの感染拡大を独裁政治の限界として論評することは、決して許さないとの意思表明だ。その後の記者追放をめぐる米中の応酬はまるで米ソ冷戦時代を彷彿(ほうふつ)させた。

習近平政権による明確な反転攻勢は、3月に入ってからだ。新華社が4日に「世界は中国に感謝すべきだ」として、珍妙な論説を流し始めた。武漢ウイルスが米国に飛び火し、3つの州が緊急事態宣言をしたことを取り上げ、中国はウイルスの制御に成功したが、「代わって米国は猛烈な嵐の中にいる」と論評した。

さらに論説は、トランプ政権が世界の企業に中国のサプライチェーンを断ち切らせようとするなら、報復として医薬品の対米輸出を禁止し、「米国をコロナウイルスの荒海に投げ込むと恫喝(どうかつ)した。さすがに、共産党は脅しの語彙が豊富である。

確かに、米国の医薬品はどっぷりと中国に依存しており、サプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性を露見させている。米食品医薬品局(FDA)は武漢ウイルスの感染拡大による医薬品の不足を連邦議会に報告していたほどだ。中国は抗生物質、鎮痛剤など世界の医薬品有効成分の40%を生産しており、米国は抗生物質の80%を中国から輸入している。

論説は結論として、中国が世界にウイルスと闘うための貴重な時間を与えたのだから、「米国は中国に謝罪し、世界は中国に感謝する必要がある」と倒錯した論理を用いる。山本夏彦流にいうと、詫(わ)びるどころか恩に着せる。

◆「敗者」から「勝者」

この手の欺瞞(ぎまん)をテキサス大学のブラッドリー・セイヤー教授は、今回のパンデミック危機によって中国の全体主義モデルが失墜し、世界一を目指す「中国の夢」が脱線しかねない現状から、新しい物語が必要になったからだという。

物語の最初のページは3月10日、習主席の武漢視察から始まる。視察が近づく頃から、感染者の発表数が減っていく。だが、隔離施設の医師が外国報道機関に「改善は欺瞞だ」と告発していたから、習氏の視察はウイルス制圧の成功が巧みに演出されたのだろう。いわば、第1段階のウイルス「隠蔽(いんぺい)の敗者」から第2段階の「制圧の勝者」への転換工作である。

実はこれより前、ウイルス対応で国内批判を浴びていた習主席は、中国を「中傷する者たち」を攻撃するよう当局者に指示していたことが、やがて明らかになる。その中には、当然、米国も入る。

トランプ大統領が「中国ウイルス」と言い、ポンペオ国務長官が「武漢ウイルス」と呼ぶと、共産党政治局員の楊潔篪(ようけつち)氏が「中国に汚名を着せようとしている」と怒り、外務省の耿爽(こうそう)報道官が「強烈な怒り」を繰り返す。趙立堅(ちょうりつけん)報道官が根拠のない米軍によるウイルス漏洩(ろうえい)の陰謀論を吹かしたのも、この流れの中にある。

これにより、国内の習批判派に対しては「中国の敵を助ける裏切り者」と退ける構図ができた。自由主義のような失政の透明化は苦手でも、全体主義には初動の失敗を偽装する新しい物語をつくるのはお手のモノだ。

◆危機を好機の思惑

中国共産党は第3段階として、世界に向けてすでにウイルスを制圧したとして「危機に強い中国」を印象づける。自国から資本が流出し、外国企業が撤退しないよう、中国が安全な「世界の工場」であることのアピールが欠かせない。

感染者数で中国を超えた米国を尻目に、大量に抱える医薬品とマスクをアジアや欧州に続々と運び出した。

特に、経済圏構想の「一帯一路」に組み込まれた諸国を中心に支援を行い、米国に代わる世界政治のリーダー国家であることを印象付ける。

米調査研究機関のホライゾン・アドバイザリーによると、習政権はウイルス感染が中国を基点にアジア、欧州、米国へとタイムラグをもって拡散していく感染症危機を、逆にチャンスととらえ始めた。発生源の中国より遅くパンデミックを迎える米欧が、数カ月遅れて経済活動を再開するまでに、世界の需要を総取りする狙いだ。

しかし、早すぎるウイルス制圧の宣言は、大きな落とし穴が待ち構えている。過去の疫病との闘いは、為政者がウイルス対策を緩めた隙に、第2波のパンデミックにのみ込まれている。
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